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病気について

牛乳でおなかがゴロゴロするワケ:乳糖不耐症について

2021年11月11日

帯広畜産大学 浦島 匡

牛乳を飲むとお腹がゴロゴロする人がいます。これは牛乳の中の「乳糖」を分解し、消化・吸収させる酵素「ラクターゼ」の働きが授乳期を過ぎると低下し、それを消化・吸収することができなくなるためです。吸収されなくなった乳糖は大腸で浸透圧を発揮して腸の中に水を呼び込むとともに、そこに常在する大腸菌などによって「ガス」に変えられ、お腹がゴロゴロ鳴ったり張ったりします。生理的に働きが低下したラクターゼは回復しません。

ラクターゼの働きが低下した照応「乳糖不耐性」

乳糖不耐症の診断は、乳糖を溶かした液を飲んでも血糖値が上がらないことによってなされます。ラクターゼの働きが低下していれば、乳糖を消化・吸収できないので血糖値が上がらないというわけです。

日本人の多くは乳糖不耐性

日本人を含むアジア人やアフリカ人は、検査をしてみれば乳糖不耐症だったという事がほとんどです。これは、よく考えてみるとこれはふつうのことです。乳以外の食べ物には乳糖は含まれないので、離乳後は乳を飲まない動物ではラクターゼは要らなくなるのです。しかし、人間は授乳期を過ぎてラクターゼの働きが低下しても「牛などの乳」をもらって飲んでいるので、乳糖不耐症になってしまいます。

牛乳を飲んでも「おなかゴロゴロ」の症状が出ない人でも、実は乳糖不耐症だったということもあります。乳糖不耐症でも症状が出ないのは、牛乳を飲み続けていると、お腹の中で乳酸菌やビフィズス菌の数が増えて、乳糖をガスに変える細菌が減ってくるためと言われています。

乳酸菌とビフィズス菌

一方、北ヨーロッパに住む白人は、乳糖耐性(離乳後もラクターゼの働きが低下しないこと)を獲得したため乳糖不耐症でない人たちが多いのです。このような人々の間の乳糖耐性の相違は遺伝子の違いによるものです。

 
 

ゲノムは遺伝情報

ヒトの細胞の核の中には、「ゲノム」と呼ばれる遺伝情報が存在します。この情報は塩基という物質がリボースとリン酸という繋ぎ手によって、縄のような形をとった「DNA」に記されています。

ゲノムの中には、からだのすべてのタンパク質をつくる情報となる遺伝子が含まれています。しかし、遺伝子としてタンパク質に複製されるものは、ゲノムの中のわずか2%にすぎません。もちろん、ラクターゼをつくる遺伝子もゲノムの中に存在します。繋がった塩基の中で、ラクターゼに複製される遺伝子より少し前にある塩基がひとつ変化すると、授乳期を過ぎてもラクターゼの働きは低下しなくなるのです。こうした変化は、牛乳にもっぱら栄養を頼っていた北ヨーロッパの酪農民には都合が良かったので広がりました。

DNAに記されている遺伝子

 

ゲノムが語る生物の環境順応

歴史的にみると、栄養を牛乳に頼っていた酪農民や牧畜民は北ヨーロッパの人たちばかりではありません。アフリカや中東の一部の地域にも、伝統的に牧畜をしている人たちがいます。その人たちを検査しても、ラクターゼの働きが低下していない人がいることが分かってきました。おもしろいことに、離乳の後にもラクターゼの働きが維持されるように、ゲノムの中の塩基が変化した位置は北ヨーロッパの人たちとは違っているので、異なった仕方で乳糖耐性を獲得したと推測されます。
動物はヒトを含め、ときどき食べるものを変えます。クマの仲間で食肉目に分類されるパンダが竹を食べるようになったり、祖先が草食獣のカバに近い鯨やイルカの中でも、シャチが肉食であるなどが思い浮かばれます。ヒトが牛乳を飲むようになったのもそのひとつですが、食べ物が変わったことでからだの方も変化します。乳糖耐性の獲得もそのひとつでしょう。

おなかがゴロゴロしないで牛乳を飲めるようになったこと、それはヒトが今でも進化し続けていることを示す証拠ではないでしょうか?そう考えると実におもしろい!

 

浦島 匡

帯広畜産大学畜産学部畜産衛生学部門 教授

専門はミルク科学、糖質科学、畜産物科学。哺乳類のおっぱいに含まれるミルクオリゴ糖の研究を続け、
ミルクオリゴ糖から哺乳動物の進化と環境への適応戦略、腸内細菌との共存などを見続ける。