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病気について

心臓手術の見張り役

2022年2月4日

麻酔科医 筒井 健次

みなさんは「麻酔科医」という存在をご存じでしょうか?手術を受けるときにしか会う機会がないので、健康な人には全く知られない存在です。「麻酔科」を知らないという人は健康な証拠であり、関わらないようにして生活できている人はハッピーです。医療者の立場としては、今後も知らないでいて欲しいような、でも知られないとちょっと悲しいような…そんな立ち位置にいる麻酔の専門家です。
 

眠らせるのが仕事?

さて私たち麻酔科医がどういうことをしているかというと、みなさんのイメージ通りで、手術をうける患者さんを麻酔薬で眠らせています。

 

でもそれだけではありません。私たちの最大の役割は手術中の「患者さんの体を守る」ことです。手術を受けるということは、体をメスで切られ(おどしてすいません…)、臓器を触られ(何度もおどしてすいません…)、とにかく体にとっては異常事態がおきている状況です。体は麻酔がかかっているといっても、その異常事態に反応して、内部で様々なヘルプ信号を出します。例えば血圧や心拍数が異常に変動したり、不整脈が出たり、などなど。時に生命維持に必要な機能にも異常がでることがあります。それらが起こらないように、また起きたとしても、重大な害とならないように薬で調整し、機器を使って体の状態を観察するのが麻酔科医の仕事なのです。
 

難易度の高い心臓麻酔

様々な手術の麻酔がありますが、そのなかでも最も難易度が高いとされている麻酔の一つが心臓外科の手術麻酔です。なぜなら、生命維持に一番大切な臓器の筆頭が「心臓」だからです。その大切な心臓を手術しようとするのですから、それは体にとっては一大事。もちろん心臓外科の医師は心臓をよくするために手術をするのですが、問題はやはりその最中で、体は悲鳴をあげています。「やめてくれー!」と言わんばかりに不整脈がバンバン出て、血圧・心拍数に乱れが生じます。胃や大腸などの手術に比べ、もっともっと体に負担がかかります。そのとき麻酔科医は10種類以上の薬を使い分け、医療機器を使って異常事態が体に起きないように見張っているのです。ここまでで麻酔科医のことを多少ご理解いただけましたでしょうか。

 

心臓を後ろから見る

前振りが長くなりましたが、その「心臓手術」の際にどうしても必要になるのが「経食道エコー」です。エコー(超音波)の詳しい説明は以前のコラムに載っています(体をのぞく超・音・波 参照)。経食道エコーとは、心臓の裏側にある「食道」の中に内視鏡の様な細長い形のエコー装置を入れて、心臓外科医が見ている反対側、つまり心臓の裏側から心臓の様子を見ることができる医療機器なのです。食道は解剖的に心臓の真裏にあり、薄膜1枚で隔てられ接しているので、手術前に行う一般的な心臓エコー検査(胸の前から見るエコー)とは違い、心臓の形がとても綺麗な画像として描出することができます。ちなみに値段は何千万とします…。

 

手術を見張る

心臓外科の医師が心臓を切って悪いところを治します。そのあとすぐに、治したところ、切って縫い合わせたところが本当によくなっているかをその場でチェックする必要があります。経食道エコーを用いず、確認しない施設もありますが、北斗病院ではほぼすべての心臓手術に使用しています。心臓外科の医師が表から心臓を治療しますが、その前後に麻酔科医は心臓の裏からエコーで細部を確認するのです。時に麻酔科医がエコーの画像を見ながら、心臓外科の医師に『そこもうちょっと切って』とか、『そことそこもう少し縫って』とか、指示を出すことがあります。当院の心臓外科の医師には、幸い指示することが少ないので私たちにとってはありがたいですね。この医療機器を用いて、手術で「綺麗な形に仕上がっているか」、「すき間なく縫い合わせているか」と、ジーっと監督管理しています。例えて言うなら、野球で指示を出すコーチですかね。でもあくまで立場は対等です。そうやって、心臓外科医と麻酔科医が手を取り合って手術を進めていきます。さらにここに人工心肺装置を取り扱う臨床工学科の技師も加わります。

手術前に経食道エコーで確認

3D化は当たり前

先程経食道エコーは数千万円するとても高価な器械と言いましたが、それだけあって、ただの白黒の画像ではありません。一部を除けば360度様々な角度から心臓を輪切りにして見ることができる優れものです。エコーの内部センサーを調整することで、実際に心臓を回さずに360度の画像として見ることができるのです。昔のエコーは二次元の白黒画像でしたが、このエコーは先端にある小さい解析チップから出された超音波の画像をいっぺんに沢山解析して、それをエコーのICチップが解析することで、即座に三次元構造に変換できるのです。画像を見ればご理解いただけるかと思います。ね、すごいですよね。これをしかもリアルタイムで画像としてみられるところがすごいところです。

三次元化された僧帽弁のエコー画像

僧帽弁形成術には欠かせない!

この三次元画像が一番効果を発揮するのが、心臓弁膜症手術のうち『僧帽弁形成術』という手術だと言われています。弁を手直しして逆流を止める手術で、弁の形状をリアルタイムで三次元的に確認し、時に麻酔科医が指示を出して、弁の形を元通りにしていきます。

 

組織を明瞭化させた三次元画像(僧帽弁)
※画像提供 株式会社フィリップス・ジャパン

 

経食道エコーの扱いは難しい

経食道心エコーの習得には時間がかかると言われています。麻酔科医の資格には、認定医(標榜医)、専門医、指導医とありますが、最高資格の指導医であっても経食道エコーは完璧に使いこなせるというわけではありません。それくらい難易度の高い医療技術の一つなのです。

現在北斗病院には多くの麻酔科の常勤医がいます。指導医だけでも常に6名常駐しています。麻酔科医は患者さんを寝かせるだけの仕事だと思っていませんでしたか?是非この機会に麻酔科医の存在とその重要性に気づいて頂けたら幸いです。