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病気について

医療ガスはいのちを救う!

2021年10月1日

臨床工学士 青木 久剛

 「医療ガス」は、あまり馴染みのない言葉ですね。生活で使用される「ガス」はプロパンガスやカセットコンロのような火の点く気体のイメージです。医療現場で治療に使用される気体を医療ガスと呼び、その代表は「酸素」です。最近では新型コロナウィルス感染の影響で、医療用酸素の需要が高まり、感染者の多いインドでは酸素が不足しているニュースや日本国内では酸素ステーションを設置していくという話を耳にします。酸素を代表とする医療ガスは、水と電気同様に重要なLife-lineです。

医療ガスの種類

 病院では治療や検査また医療機器を動かすために、様々な気体が使われています。主に使われているものは、酸素・空気・笑気・窒素・二酸化炭素・一酸化窒素です。今回はその中でもみなさんが吸っている空気、馴染みのない笑気、一酸化窒素、そして医療ガスの保管についてお話していきます。

あなたは空気みたいな存在です

 身近で、存在をも忘れてしまうことを「空気みたい」と表現します。その当たり前のようにある空気。しかし私達が生きていくのに欠かせない空気。さてみなさん、空気の組成をおぼえていますか?小中学校の理科で習ったはずです・・・。

 空気は、窒素が78%酸素が21%、残り1%の中にアルゴン0.9%、二酸化炭素0.03%、ネオン、ヘリウム、クリプトン、キセノンが0.07%で混合し構成されています。


空気の組成

空気を造る

 病院では、空気は主に人工呼吸器などで酸素濃度の調整(酸素をうすめる)のために使用されます。この医療用の空気は自前で造っています。空気の製造には2つの方法あり、1つは周囲の空気を「コンプレッサーで圧縮」する方法です。圧縮された空気は、周囲の空気の汚染度によって水分・粉塵・他のガス等の不純物が混入することがあり、人体や医療機器の作動に影響を及ぼすため、非常用としてのみ使われます。もう一つは「液体酸素と液体窒素を気化させ混合する」方法です。これは不純物が混入しないため、ほとんどの病院はこの方法を用いています。


コンプレッサー

合成空気製造装置

吸うと笑っちゃうガス!:笑気

 「笑気(亜酸化窒素)」は、1770年イギリス人の化学者によって発見され、1800年頃から麻酔薬として使用されています。吸うと顔がひきつれて笑ったように見えることが語源です。弱い鎮静作用と強い鎮痛作用が特徴ですが、副作用に吐き気があることから、現在は別の麻酔薬がメインで使われるようになり、使用頻度は激減しました。

酸素の取り込みを良くするガス:一酸化窒素

 一酸化窒素(NO:エヌオー)は、窒素(N)と酸素(O)が合わさった窒素酸化物です。古くから大気汚染の原因物質として知られていましたが、米国の薬理学教授ルイス・J・イグナロ博士らの研究で、一酸化窒素は血管を拡張する物質であることが分かったのです。

 一酸化窒素は特に肺の血管に作用するため、重篤な肺高血圧という状態を合併した病気の治療に用いられます。肺の血管を拡張させることで血流が増加し、肺の血圧を改善させ、酸素の取り込みを増加させます。この優れたガスは医療の分野で応用され、「一酸化窒素吸入療法」として新生児の肺高血圧への治療からスタートし、現在は大人の心臓手術においても、肺高血圧を合併した患者さんの治療に使用されています。当院ではこの治療を道内で先駆けて導入し、重症な心臓手術の患者さんを数多く救っています。


肺の血流とガス交換

一酸化窒素による肺血管の拡張

一酸化窒素吸入療法の器機

その他のガス

 二酸化炭素は血液に溶けやすく、万が一血管の中に入ってしまっても血管を詰まらせること(空気塞栓)のリスクが少ないため、外科の手術で用いられます。お腹の内視鏡手術ではお腹を膨らませる時に注入する気体として二酸化炭素を用います。心臓手術では心臓の周りに常に二酸化炭素を吹き流しておくことで、心臓内に入ってしまった気体がすぐ溶けるように工夫しています。アルゴンは電気の伝導が高いガスで、電気メス(医療コラム:「手術でメスは使わない?!」参照)と同時に使用すると、雷の様な広範囲の放電を起こし、止血能を高めます。

気体の保管

 医療ガスは、ガスを圧縮してボンベに保管する方法と、ガスを超低温にすることで液体化にしてタンクに保管する方法があります。病院内でよく見かける酸素ボンベは、約500Lの酸素が入っており、検査や手術後病室への短時間の移動に際して、酸素が必要な場合に使われます。酸素を流す量が1分間に3Lの場合、満タンの酸素ボンベ1本で約2.5時間使用できます。病室では長期間の酸素が必要になるため、ボンベを使用すると数百本単位となり、運搬・交換に大変な労力が生じます。そのため、病室の壁の中には水や電気と同様に酸素が配管され、いつでも大量の酸素が使用出来ます。


医療ガスボンベ(黒:酸素 緑:二酸化炭素 灰色:アルゴン)

災害時の対応

 病院内に配管されている酸素や空気は、液体酸素や液体窒素を気化させて製造しています。この液体は貯蔵タンクに保存されており、タンクの容量はそれぞれ102万リットルずつで、週に1回大型トレーラーで補充しています。気体に換算すると酸素では8.2億リットル、窒素では6.6億リットルという膨大な量を製造でき、災害などで外部からの補充が停止しても、10日間は供給することができます。また大きな非常用のガスボンベも備蓄してあります。


液体ガスの貯蔵タンク塔

巨大な非常用ガスボンベ

 医療ガスについてお解り頂けましたでしょうか?我々臨床工学技士は、目に見えないガスを相手に毎日目を凝らして設備のチェックを行っています。