社会医療法人北斗精密医療センターは、関連施設である「十勝自立支援センター 介護老人保健施設(老健)かけはし」(https://hokuto-kakehashi.com/)と協力し、老健入所中の認知症ケアにより、認知症患者の認知機能が改善しうること、またその背後には脳機能の変化があることを明らかにしました。従来、リハビリテーションによる認知機能の改善は、健常者や認知症の前段階と言われる軽度認知機能障害(Mild Cognitive Impairment, MCI)患者に限ると考えられていました。本研究はその効果を、認知症患者にも拡張するものです。この度本研究は、科学的正当性を重視する国際学術雑誌、Scientific Reports(サイエンティフィック・リポーツ)に、2020年4月21日付けで掲載されました。
概容
認知症は、アルツハイマー病や脳卒中など、何らかの脳疾患が原因で、脳の働きが衰え、日常生活や社会生活が営めなくなる状態を言います。その予備軍とされるMCIを合わせると、その割合は65歳以上の方の4人に1人に達するとされ、今後さらに進む高齢化社会において、認知症と如何に向き合っていくかは、医学のみならず社会全体の問題でもあります。
残念ながら現時点では、認知症を治療するための特効薬はありません。しかし薬以外の治療法、特にリハビリテーションの効果は知られており、認知症やMCIの治療には、まずリハビリテーションを行うべきとされています。リハビリテーションは脳の残っている機能を鍛え、失われた機能をカバーすることで、その効果を発揮します。特にMCI患者においては、残っている機能が多いため、25%-40%の方が健常水準まで回復すると言われます。
一方で、認知症まで進行してしまうと、脳の残った機能が少ないため、リハビリテーションの効果はあまり期待できないという意見があります。しかし医療介護の現場においては、ある程度進行した認知症患者においても、リハビリテーションが効果を発揮し、状態が良くなる方をしばしばみかけます。では「認知症になると、もう脳は回復しない」というのは、本当なのでしょうか。
本研究では、既に認知症の診断を受けている方で、老健かけはしに入所して、認知症ケアを受けた21人の方に御協力を頂きました。1から3か月程度の入所期間において、入所直後と退所前の二回、同じ認知機能検査と脳科学検査を行い、それらを比較することで、科学的見地から、認知症ケアの効果を調べました。ケアの内容は、理学療法士、作業療法士が行う運動療法、認知機能賦活訓練や生活環境の整備といったリハビリテーションと、看護師、介護福祉士による水分・排泄ケアを中心とした生活ならびに体調の管理です。これらを一人ひとりの症状や体調、嗜好に合わせて実施しました。その結果、ケアの前後で行った認知機能検査の結果を比較したところ、認知機能の有意な改善があることが分かりました。さらに脳科学的検査として実施した脳磁図検査では、認知症ケアの期間の前後で、右側頭葉、紡錘状回、角回、感覚運動野の活動が変化していました。これらの事を総合しますと、認知症患者においても、認知症ケアによる機能の改善が期待できる場合があり、その改善効果は脳の活動変化に基づくと考えられます。
本研究の意義
現時点では、認知症を治療するための特効薬はありません。このことから、認知症を「不治の病」と捉えている方がいらっしゃいます。そうでなくても「治療が効くのはMCIまでで、認知症になってしまうと手遅れである」という考え方もあります。しかし本研究は、認知症は必ずしも不治の病でも手遅れでもないことを示しており、私たちの認知症に対する考え方を変える必要性を迫ると同時に、適切な認知症ケアや、それを提供する場である老健の重要性を再認識させるものと考えられます。
脳磁図検査
「脳の働き」の検査の一種で、主に「認知症」や「てんかん」などを評価するために用いられます。脳が働くと、自然に「磁場」が発生し、頭の外まで漏れ出てきます。脳磁図検査では、ヘルメット状のセンサー(写真)を使って、頭の外からこの「磁場」を測ることで、脳の健康状態を調べることができます。検査は、ベッドに横になるだけで行うことができ、薬も放射線も使用しないため、極めて安全です。
認知症では、脳の働きが変化するため、漏れだす磁場も変化します。脳磁図検査では、この変化を捉えることで、認知症を客観的に評価することができます。また磁場の変化は、脳の萎縮が目立たない「早期の認知症」でもみられるため、早期診断の補助検査として活躍することも期待されています。
論文情報
Non-pharmacological treatment changes brain activity in patients with dementia
Yoshihito Shigihara, Hideyuki Hoshi, Keita Shinada, Toyoji Okada, Hajime Kamada.
Scientific Reports. 21st of April 2020
www.nature.com/articles/s41598-020-63881-0
詳しくはこちらをご参照下さい
https://www.nature.com/articles/s41598-020-63881-0
※日本語訳については、こちら