戦略的神経リハビリテーション治療~ボツリヌス療法、バクロフェン髄注療法、rTMSなど
当院では、神経リハビリテーション(リハビリ)治療として脳卒中等によるマヒや痙縮(けいしゅく)の改善を目的に<A>ボツリヌス療法や<B>バクロフェン髄注療法(ITB)、臨床試験の形で<C> rTMS(反復経頭蓋磁気刺激療法)等を行っています。
<D>嚥下障害の患者さんに神経筋電気刺激装置(NMES)等を用いて積極的介入を行っています。その他、関連の十勝リハビリテーションセンターでは<E>「スマートリハ」と呼ばれるロボットや先進機器を有効活用した戦略的・先進的リハビリに取り組んでいます。
① 脳卒中の後遺症と神経リハビリテーション治療
脳卒中の後遺症としてよくみられる運動障害には「片まひ」と「痙縮」があります。
【片まひ】
歩きにくくなったり、転倒しやすくなったり、字がうまく書けなくなったりします。
【痙縮(けいしゅく)】
肘が曲がってしまって人や物にぶつかる・親指が曲がってしまって物がつかみにくい・手首や肘が曲がってしまって腹の脱ぎ着がしにくいといった肘関節屈筋群の緊張亢進による症状や、足の筋肉が突っ張って歩きにくい(内反尖足)症状など、痙縮は日常生活にも支障をきたします。また、「つっぱり」が強いと痛みがおこったり、リハビリの障害となることもあるので、痙縮を緩和するための治療が必要となります。
■痙縮による姿勢異常の主なパターン
肩関節の内転・内旋、肘関節の屈曲、前腕の回内、手関節の屈曲、握りこぶし状変形、掌中への母指屈曲 等
掌中への母指屈曲
前腕の回内
股関節の内転、股関節の屈曲、膝関節の屈曲、膝関節の過伸展、尖足・内反尖足、母趾過進展 等
股関節の内転
母趾過進展
② 痙縮に対する治療
脳卒中後遺症、頭部外傷、脊椎損傷などに「痙縮」はよく見られる症状です。前述のような痙縮による姿勢異常が長く続くと関節が固く動きが制限され、痛みを伴ったりして日常生活に支障が生じ、リハビリや介護の障壁となってしまいます。一旦固まってしまった筋肉や関節を柔らかくするのは、内服薬やリハビリ単独ではなかなか難しく、強力な筋弛緩作用のあるボツリヌス治療などが有効です。ボツリヌスを目的筋に注射すると、約3~4ヶ月間痙縮が和らぎ、リハビリが行いやすくなり、その後に良質な指導による自主トレーニングや集中リハビリを行うことで機能改善を図る強力な「助っ人」となります。
<A>ボツリヌス療法とは?
ボツリヌス療法は、ボツリヌス菌が作り出す天然のたんぱく質(ボツリヌストキシン)を成分とする薬を筋肉内に注射する治療法で、筋肉を緊張させている神経の働きを抑えることで筋肉の緊張をやわらげることができます。ボツリヌス菌そのものを注射するわけではないので、ボツリヌス菌に感染する危険性はありません。現在、その他にも保険適応となっている病気は脳卒中による眼瞼けいれん、片側顔面けいれん、痙性斜頸(首や肩の筋肉が意志とは関係なく収縮し、首が傾いた状態になること)があります。これらの症状に対して、内服薬による治療が困難な場合にボツリヌス療法が必要か判断されます。
当院では2011年 ボツリヌス(BTX)療法開始以来、コンスタントに丁寧な施注を行っています。当院の特徴は、他施設のように外来で流れ作業的に注射しっぱなしではなく、「原則2週間の集中リハビリと組み合わせ」て、より効果を挙げるようにしている点と、「綿密な計画」に基づいて、「確実に効果が期待できる」部位に、エコーや電気刺激装置を用いて「筋肉を正しく同定して施注」している点にあります。そのせいか、皆さんの満足度は高く、すでに10回以上繰り返し施注している方が数多くいらっしゃいます。
■ボツリヌス療法適用の条件
本療法は原則として、発症後1年以上経過された方が対象となります。詳しくは受診の際、医師にご相談ください。また、本療法は保険が適用されます。
■ボツリヌス療法の治療の実際
【手(上肢)の主な注射部位】
【足(下肢)の主な注射部位】
■ボツリヌス療法の流れ
- ボトックス(薬名)を直接目的筋に施注。1回の治療は30分~1時間弱程度です。
- 効果は注射後2~3日目からゆっくりあらわれ、通常3~4ヶ月持続、効果は可逆的(だんだんと元の状態に戻る)で、間隔をあければ何度も繰り返し施注することが可能です。
- 施注後、2週間入院で集中的にリハビリをおこないます。
■ボツリヌス療法の効果について
- 手足の筋肉がやわらかくなり、曲げ伸ばししやすくなることで、日常生活動作の制限が軽減される(手を洗いやすくなる、装具がつけやすくなる、靴が履きやすくなるなど)
- リハビリテーション(ストレッチ含む)を行いやすくなる
- 関節が固まって動きにくくなったり、変形するのを防ぐ(拘縮予防)
- 痛みをやわらげる効果が期待できる
- 介助の負担を軽減することが期待できる(着替えの補助、衛生ケアがしやすいなど)
■ボツリヌス療法の副作用について
ボツリヌス療法を受けた後に、副作用として以下のような症状があらわれることがまれにあります。これらの症状は多くが一時的なものですが、症状があらわれた場合には、医師に相談してください。
- 注射部位が腫れる、赤くなる、痛みを感じる
- 体がだるく感じる、力が入りにくい
■ボツリヌス療法による改善例
<50歳代 女性 診断名:脳出血 障害名:右片まひ>
発症から1年半経過後にボツリヌス療法開始。施注後、上肢の屈曲痙縮が軽減し、歩行時に上肢が挙上してしまうことが少なくなり、痛みも改善、歩容も良くなった。
<B>バクロフェン髄注療法(ITB)とは?
痙縮治療には、先に述べたボツリヌス療法の他にも、神経ブロックや薬物治療などがあります。ITB(バクロフェン髄注)療法は、バクロフェンという薬(注射剤)を脊髄の液が流れる脳との交通のある脊髄腔に直接ポンプで持続的に注入して「痙縮を軽減する治療」です。
「脳脊髄疾患(主に脊髄損傷など)に由来する重度の痙性麻痺(既存治療で効果不十分な場合に限る)」が対象ですが、脳卒中による重度の痙性麻痺の患者さんも対象になり得ます。
まずは、この治療が効くかどうかテストをやってみて、効果がありそうならば、チューブを挿入し、ポンプを埋め込む簡単な手術をすることになります。
<C> rTMS(反復経頭蓋磁気刺激療法)~臨床試験(保険適応無し)
rTMS(repetitive Transcranial Magnetic Stimulation:反復経頭蓋磁気刺激療法)は、脳卒中等による腕や手指の麻痺の改善を目的に、頭の上にあてた電気コイル内に電流を流して磁場を発生させ、それにより脳内にわずかな電流を誘導、痛みを伴わずに頭の外から脳卒中等で弱まった脳活動を高める効用が期待される治療法です。道内では当院が2施設目の施術施設となります。
■rTMS(反復経頭蓋磁気刺激療法)の装置
8の字型コイルから垂直方向に発生する磁力で、大脳をほぼ無痛性に局所的に刺激する装置です。
■rTMS(反復経頭蓋磁気刺激療法)の考え方
一般に上肢(腕・手)の麻痺は、ごく軽い麻痺が残っているだけでも実用的に手が使えるようになるのが難しい傾向にあります。
これまで麻痺側(患側)を訓練しようとすると、健常な側が麻痺側の機能を代償して助けてくれると考えられていましたが、逆に正常な側の脳が、損傷した側の脳の働きを過剰に抑制しようとするため、その回復を妨げ、結果的に麻痺した側の訓練や機能回復をじゃますることがわかってきました。
それを克服するために、健側上肢を三角巾などで使えないようにした上で、麻痺した方だけを使う訓練を集中的におこなう治療法(CI療法)なども試みられていますが、rTMSも根本的な考え方は同じです。
■rTMS(反復経頭蓋磁気刺激療法)の効用
本治療では「1秒に1刺激」という低頻度刺激を「健側脳(病巣がない側の大脳)に適用します。低頻度のTMSは刺激を与えた部位の神経活動を抑えるとされており、健側大脳に低頻度TMSを与えると、健側から病側にかかる(半球間)抑制が低下(つまり健常な脳からの余計な「お節介」を磁気で抑制)することにより、間接的に脳の損傷した部分周囲を活発に機能させ、脳の持つ回復力を最大限に引き出すことを目的としています。
■rTMS(反復経頭蓋磁気刺激療法)適用の条件
本治療は、原則、下記に該当する方が対象となります。詳しくは医師にご相談ください。
- 16歳以上の方
- 脳卒中による麻痺で、発症後少なくとも1年間が経過している(原則)
- 少なくとも親指、人差し指、中指の曲げ伸ばしができる
- 日常生活がおおむね自立しており、全身状態に大きな問題がない
- 麻痺が両側性でない(どちらか片側上肢は健常)
- 認知機能に明らかな問題がなく、うつ病ではない
- 重度の失語症などで、全く話せない、簡単な言葉の意味を理解できない状態ではない
- 少なくともここ1年間、けいれんがなく、脳波検査でもてんかん波を認めない
- 頭蓋内に金属が入っていない(クリップなど)
- 心臓にペースメーカーが入っていない
■rTMS(反復経頭蓋磁気刺激療法)の治療の実際
TMSは安静状態で午前午後各20分間連続して磁気刺激を受けていただきますが、痛みや苦痛を伴うことはなく、これに2週間という短期間で集中的・効率的にリハビリを併用することで、さらに改善が期待されます。
TMSをおこなう金藤医師とセラピスト
【rTMS治療スケジュール例】
- 計2週間(15日間)入院。入院日と退院日は評価のみでTMSをおこないません。
- 土曜の午前はTMSを実施。土曜午後と日曜は休みです。
- TMSは10日間、午前・午後それぞれ1回、計20回実施します。
- リハビリおよび自主訓練に原則お休みはありません。
- TMSは、医師の監視のもと1回につき20分間実施します。
当院では、同療法は現在上肢の麻痺のみに限定しておこなっていますが、うつ病やパーキンソン病、失語症、高次機能障害の一部などにも効果が期待されています。
ただし、ご注意いただきたいのは、TMS療法はあくまでもリハビリテーションの補助的な手段であり、それだけでまひが治るといった夢の治療法ではないことです。
この治療は保険適用されていないため、施設の倫理委員会の承認を得て行っている「臨床研究」の一つであることを十分ご理解ください(費用は不要、承諾書に署名が必要)。
③ 嚥下障害に対するリハビリテーション
■嚥下障害の一つである「誤嚥(ごえん)」が高齢者肺炎の主原因
慢性期脳卒中の主な後遺症・合併症には以下の症状が挙げられます。
- 麻痺、痙縮など
- 疼痛、難治性感覚障害
- パーキンソン症状
- 意欲・自発性低下
- 脳血管性認知症
- 嚥下障害
このうち、嚥下障害の一つである「誤嚥(ごえん)」(飲みこみにくさのため、食べ物や唾液などの分泌物などを誤って気管に垂れ込んでしまうこと)は高齢者肺炎の主原因とされています。
【誤嚥は高齢者肺炎の主原因】(出典:橋本 修ほか:Geriatric Medicine 35:159,1997)
肺炎は脳卒中と日本人の死因の第三位を争うほどの隠れた恐ろしい病態です。高齢者肺炎の主な原因には、糖尿病、悪性腫瘍、慢性呼吸器疾患、低栄養状態などの全身性要因とともに、意識障害や認知症、脳血管障害(脳卒中)、神経難病などの局所性要因があります。
さらに、脳梗塞患者様の肺炎発症率は脳梗塞ではない患者様と比較して、最大3倍以上の発症率であることが明らかとなっています。
【脳梗塞と肺炎発症率】(出典:Nakagawa T et al:Arch Intern Med 157:321,1997)
■嚥下障害の検査方法
特に脳卒中や神経疾患が原因の嚥下障害に対して、その病態を詳しくみるために、嚥下造影検査(VF:Videofluorography)や、耳鼻科の先生と共働して内視鏡で喉の動きなどを直接見る嚥下内視鏡検査等を施行し、言語療法士とカンファレンスをおこなっています。
嚥下造影検査とは、患者様に造影剤(バリウム、X線造影剤)を含ませた液体あるいは固形・半固形物を召し上がっていただき、口への取り込みから嚥下の終了までの過程をX線透視装置と録画装置を用いて録画観察する検査方法です。どの時期が障害されているのか?飲み込みが悪いのか?防御が悪いのか?などを検査します。これにより、詳細に病態を把握した上で、薬物療法を併用したり、食物形態に工夫をしたり、食事をする姿勢に気をつけたりして的確な嚥下訓練をおこなっています。
【嚥下造影検査(VF:Videofluorography)】
■嚥下障害に対する試み ―神経筋電気刺激装置を用いた嚥下訓練―
嚥下障害に対するリハビリテーションとして、当院ではバルーン(風船)を用いて食道の入り口周辺を拡張する方法のほか、飲みこみにかかわる筋肉に電気的に筋収縮を加えることで訓練して、飲みこむ能力を高める器機(NMES(神経筋電気刺激装置):バイタルスティム®)を用いるなどして、より効率的に訓練をおこなっています。
バイタルスティム®
重度認知症の患者様、薬物中毒が原因の嚥下障害の患者様、球麻痺で嚥下反射が完全消失されている患者様につきましては適用外です。また、ペースメーカー患者様、腫瘍や感染部位への直接刺激に際しては注意が必要です。
詳しくはご受診の際、医師にご相談ください。
■バイタルスティム®による嚥下訓練の実際
バイタルスティム®装着例
神経難病例では、呼吸筋の筋力低下や呼吸中枢障害により誤嚥を来たしやすいです。
特に嚥下筋の筋力低下が背景となる症例の嚥下訓練においては、侵襲も少なく、早期からベッドサイドで安全に施行可能なバイタルスティム®は有用な手段と考えられ、脳卒中例などに加え、積極的に導入を試みていきたいと考えています。
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